書き殴りたいことやまやまです

自意識過剰な子無しOLのぼやきです

報酬は「達成感」で

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こんばんは、懺悔の時間です。

外回りの間にマックのコーヒーでひといき。会社のデスクが嫌いなので、こういう時間が好きです(外回り自体は不得手です)。

近くにアジア圏の方とおぼしき外国人ファミリー客がいらっしゃり、彼らが座れるよう席を譲った男性が、カウンター席にいた私の隣に腰掛けました。

ふとファミリーを見やれば、ありがとうでもなんでもなく、さも当然という雰囲気でワイワイくつろぎ始めており。もし自分が当事者だったら、先方からのありがとうの気持ちを求めてしまっただろうなあとモヤモヤしました。

でも、それって違います。

ありがとうと実は言っていたかもしれないとか、
それどころではないくらい体調が悪かったかもとか、
向こうの国では席を譲るのは徳を積むことになるのでむしろ譲らせてやった我々に感謝しろということかもしれないとか………いろんな可能性があります。

ありがとうの言葉や態度を求めている。それはつまり、席を譲ることは自分にとって「やりたいこと」ではないということです。

ストレートに「感謝されたい欲求」ゆえ。もしくは、周囲の客に「あの人、気が利かない」と思われたくないから。そんな具合で、本心ではないのに席を譲っているのです。

「やりたくないことをやらない勇気」を持てるようになりたい、と思いました。

できるだけ「やりたいこと」をやるよう意識していきたい。そうすれば、報酬は「やりたいことをやった」という達成感で十分で、御礼なんて言われた日にゃおつりがもらえているようなもんです。

なにより、本心ではないことをすると「渋々」感が出ます。私は表情に心情が全反映されるので、特に。

「やりたいこと」をやる。それは「空気を読まない」ということをほぼイコールです。そのことで非難をされることもありましょう。とても勇気の要ること、こわいことです。実際には、やりたいことだけをやるなんてできないと思います。でも、意識だけはしていきたい。恩着せがましいオーラは、相手のみならず、自分の心も傷めつけます。