こんばんは、懺悔の時間です。
久々にいろんなブログを拝読して、たくさんの情報を得ました。PocketやEvernoteに記事を放り込みながら、「ブログって何だろうなあ」なんてことを思い始めました。
「読まれるブログ」って、
- 「主観と第三者視点をうまく取りいれた情報」が詰まっている
- 写真がきれい
- 読みやすいレイアウト(ページ内リンクや広告設置など)
……といったポイントを押さえているブログのことを指すのではないかな、と思います。「ブロガー」とは、こういうことを努力できる人のことなのではないか、と。
YouTuber=「好きなことを録画した映像を垂れ流す人」ではない、のと同じ気がします。
私は「ブロガー」なのか?
翻って、私です。
本家ブログ「言いたいことやまやまです」は3月30日で4周年を迎えます。毎日書くこともあったし、1ヶ月に1記事ということもあったし、日々の悩みや趣味、ダイエットについても書きつつ、なんだかんだで食レポばかりのブログです。
いつの間にか「グルメブロガーなんでしょ」などと言われるようになり、ありがたいことに食レポ関連記事のお仕事をいただく機会にも恵まれるようになりました。
その流れで、「ブロガー」的な場に赴くこともあります。モニターとか、試食会とか、取材とか、そういうのです。そこでブロガーさんに出会いますから、たとえば試食会などであれば、同じ題材でその方がどういう記事を書かれるのかをチェックできます。
そのたびに、すげえな、と思うんです。なにより、写真がみなさん綺麗です。いろんなカットで撮っていて、食べるのに一生懸命になっていた自分を恥じます。
私のブログに対する姿勢って
- 「主観と第三者視点をうまく取りいれた情報」が詰まっている ⇒「主観だけで綴った自分の関心事」が詰まっている
- 写真がきれい ⇒ 汚い。構図ってなに?
- 読みやすいレイアウト(ページ内リンクや広告設置など) ⇒カスタマイズとかよくわからん
といった具合です。昼食にチルドの豚足をそのまま持っていくくらい、料理をしたフライパンのまま飯を食うくらいには、面倒くさがりです。
自分のブログなら、それもいいでしょう。しかしこれがライターとしての仕事となったら、そうはいきません。特に食レポ記事なんて、写真命です。
自分は自分、仕事は仕事、と割り切って、できないなりに(見よう見まねレベルで、勉強まではしていないんですが…)工夫して写真撮影などしています。でも、大変なプレッシャーを感じてしまうのです。
「読者の方の役に立つように」「お店に迷惑がかからないように」「食べたくなる写真になるように」……いろんなことを考えていると、自分の体温がぐんぐん下がっていく気がします。
文章がプレスリリースのようなドライなものになっていき、結果、真面目にまとまった文章になってしまう。写真がそれほど素敵なわけでもない。これじゃ「有象無象の初心者ライターの1人」でしかない。労働力のひとつでしかない。私でなくていい。ライターとしてのお仕事は不得手なのかもしれないな、と最近思います。
ああ、なんか話の流れがぐちゃぐちゃになってきたな。ブロガーの話をしていたはずなのに。でも今日はこのままいかせてください。書き殴らせてください。
私は自分で「ブロガーです」と名乗ることにとても抵抗があるのです。ブロガーという響きがチャラいとか、そういうのではなく、「ブロガー」からくるイメージのもの(=情報が詰まっている記事)を、楽しみながら書くことができないからです。仕事になってしまう。
書くことは、大好きです。ランナーズハイのような現象に陥ることもあります。すごく元気がなかったのに、ブログを書いていたら指先から活力が湧いてきて、心まですっかり元気になるような体験は幾度もあります。
でも、それは自分の好きなことを書いているときです。人の役に立つとか、度外視。きれいな写真なんて、どうでもいい。そういうときです。このブログはそういう記事しかありません。
いわゆる「ブログ」然とした、情報を詰め込んだ、わかりやすくて、写真もきれいな記事を書こうとすると、萎えるのです。
たぶん私は「ブロガー」ではありません。本来的には、ブログは日記であってよいのです。体重ログでもブログになりましょう。ただ、それは「読んでもらえるものなのか」?
承認欲求の権化的には、やはり読んでもらってこその「ブログ」だと思います。そして読んでもらいたいならば、読みたくなるコンテンツや環境を生み出す努力をすべきです。それが「情報・写真・工夫」だと思う。ブログで稼いでいる人たちってすげえよ。あんな努力、なかなかできない。
私はやはり、ただの会社員です。婚活のプロフィールシートの趣味欄に「ブログ」と書く程度のもんです。ブロガーとは名乗れない。なぜなら私が書くものがなにかの役に立てる気がしないから。タレントでもない30代OLの生き様なんて、どうでもいい情報です。
でも笑っちゃうんですが、どこかのセミナーで登壇できるような存在になるのは目標のひとつなのですよ。何を教えられるんでしょうねえ。コーチングでもいつもここでつまづくのです。私はどんなことで貢献できるのか、というポイントです。単純に、マンパワーという労働力以外で、私の好きなことで、なにか役に立てたらいいなあ。でも、私の好きなことって私のことだからなあ。しんどいなあこりゃ。
心の師・心屋さんは「やりたくないことはやらない、やりたいことだけをやる」ことを提唱しています。お世話になっているカウンセラーの先生も「いかにして居心地のよい環境をつくるかが大事」だと仰います。
がんばれないなら写真の努力は放棄、情報の有益性にはこだわらず、書きたいことを書いていく。このブログはその実験の場でもあります。つづけた先に何かあるのか、ないのか。期待をしてはいけませんが、継続の先に新たな出会いを期待せずにはいられません。